4.04.2011

Today's Bible story

今日4月4日(月)も良い日でありますように。

( 聖イシドロ司教教会博士 )

-------

※東京電力
http://www.tepco.co.jp/index-j.html

※計画停電情報
http://keikakuteiden.tepco.co.jp/KT/

-------


◆今日の聖書物語

ヨハネによる福音
(4:43-54)

4:43
 ふつかの後に、イエスはここを去ってガリラヤへ行かれた。

4:44
 イエスはみずからはっきり、「預言者は自分の故郷では敬われないものだ」と言われたのである。

4:45
 ガリラヤに着かれると、ガリラヤの人たちはイエスを歓迎した。それは、彼らも祭に行っていたので、その祭の時、イエスがエルサレムでなされたことをことごとく見ていたからである。

4:46
 イエスは、またガリラヤのカナに行かれた。そこは、かつて水をぶどう酒にかえられた所である。ところが、病気をしているむすこを持つある役人がカペナウムにいた。

4:47
 この人が、ユダヤからガリラヤにイエスのきておられることを聞き、みもとにきて、カペナウムに下って、彼の子をなおしていただきたいと、願った。その子が死にかかっていたからである。

4:48
 そこで、イエスは彼に言われた、「あなたがたは、しるしと奇跡とを見ない限り、決して信じないだろう」。

4:49
 この役人はイエスに言った、「主よ、どうぞ、子供が死なないうちにきて下さい」。

4:50
 イエスは彼に言われた、「お帰りなさい。あなたのむすこは助かるのだ」。彼は自分に言われたイエスの言葉を信じて帰って行った。

4:51
 その下って行く途中、僕たちが彼に出会い、その子が助かったことを告げた。

4:52
 そこで、彼は僕たちに、そのなおりはじめた時刻を尋ねてみたら、「きのうの午後一時に熱が引きました」と答えた。

4:53
 それは、イエスが「あなたのむすこは助かるのだ」と言われたのと同じ時刻であったことを、この父は知って、彼自身もその家族一同も信じた。

4:54
 これは、イエスがユダヤからガリラヤにきてなされた第二のしるしである。


-------


週日の福音朗読
http://www.donboscojp.org/sdblogos/


-------


今日の『み言葉』について
http://www.donboscojp.org/sdblogos/D8_109.htm


-------


イザヤ書
(65:17-21)

65:17
 見よ、わたしは新しい天と、新しい地とを創造する。さきの事はおぼえられることなく、心に思い起すことはない。

65:18
 しかし、あなたがたはわたしの創造するものにより、とこしえに楽しみ、喜びを得よ。見よ、わたしはエルサレムを造って喜びとし、その民を楽しみとする。

65:19
 わたしはエルサレムを喜び、わが民を楽しむ。泣く声と叫ぶ声は再びその中に聞えることはない。

65:20
 わずか数日で死ぬみどりごと、おのが命の日を満たさない老人とは、もはやその中にいない。百歳で死ぬ者も、なお若い者とせられ、百歳で死ぬ者は、のろわれた罪びととされる。

65:21
 彼らは家を建てて、それに住み、ぶどう畑を作って、その実を食べる。


-------


詩篇
Douay-Rheims Catholic Bible
Psalms(30:2,4-6,11-12a,13b)
口語訳では
(31:1,3-5,10-11a,12b)

31:1
 主よ、わたしはあなたに寄り頼みます。とこしえにわたしをはずかしめず、あなたの義をもってわたしをお助けください。

31:3
 まことに、あなたはわたしの岩、わたしの城です。み名のためにわたしを引き、わたしを導き、

31:4
 わたしのためにひそかに設けた網からわたしを取り出してください。あなたはわたしの避け所です。

31:5
 わたしは、わが魂をみ手にゆだねます。主、まことの神よ、あなたはわたしをあがなわれました。

31:10
 わたしのいのちは悲しみによって消えゆき、わたしの年は嘆きによって消えさり、わたしの力は苦しみによって尽き、わたしの骨は枯れはてました。

31:11a
 わたしはすべてのあだにそしられる者となり、隣り人には恐れられ、知り人には恐るべき者となり、

31:12b
 破れた器のようになりました。


-------


◆今日の読書


ヘブル人への手紙
(7:11-28)

7:11
 もし全うされることがレビ系の祭司制によって可能であったら、民は祭司制の下に律法を与えられたのであるが、なんの必要があって、なお、「アロンに等しい」と呼ばれない、別な「メルキゼデクに等しい」祭司が立てられるのであるか。

7:12
 祭司制に変更があれば、律法にも必ず変更があるはずである。

7:13
 さて、これらのことは、いまだかつて祭壇に奉仕したことのない、他の部族に関して言われているのである。

7:14
 というのは、わたしたちの主がユダ族の中から出られたことは、明らかであるが、モーセは、この部族について、祭司に関することでは、ひとことも言っていない。

7:15
 そしてこの事は、メルキゼデクと同様な、ほかの祭司が立てられたことによって、ますます明白になる。

7:16
 彼は、肉につける戒めの律法によらないで、朽ちることのないいのちの力によって立てられたのである。

7:17
 それについては、聖書に「あなたこそは、永遠に、メルキゼデクに等しい祭司である」とあかしされている。

7:18
 このようにして、一方では、前の戒めが弱くかつ無益であったために無効になると共に、

7:19
 (律法は、何事をも全うし得なかったからである)、他方では、さらにすぐれた望みが現れてきて、わたしたちを神に近づかせるのである。

7:20
 その上に、このことは誓いをもってなされた。人々は、誓いをしないで祭司とされるのであるが、

7:21
 この人の場合は、次のような誓いをもってされたのである。すなわち、彼について、こう言われている、「主は誓われたが、心を変えることをされなかった。あなたこそは、永遠に祭司である」。

7:22
 このようにして、イエスは更にすぐれた契約の保証となられたのである。

7:23
 かつ、死ということがあるために、務を続けることができないので、多くの人々が祭司に立てられるのである。

7:24
 しかし彼は、永遠にいますかたであるので、変らない祭司の務を持ちつづけておられるのである。

7:25
 そこでまた、彼は、いつも生きていて彼らのためにとりなしておられるので、彼によって神に来る人々を、いつも救うことができるのである。

7:26
 このように、聖にして、悪も汚れもなく、罪人とは区別され、かつ、もろもろの天よりも高くされている大祭司こそ、わたしたちにとってふさわしいかたである。

7:27
 彼は、ほかの大祭司のように、まず自分の罪のため、次に民の罪のために、日々、いけにえをささげる必要はない。なぜなら、自分をささげて、一度だけ、それをされたからである。

7:28
 律法は、弱さを身に負う人間を立てて大祭司とするが、律法の後にきた誓いの御言は、永遠に全うされた御子を立てて、大祭司としたのである。


-------
◆教会カレンダー
http://www.pauline.or.jp/calendariocappella/

◆今週の聖書朗読 (新共同訳)(イエスのカリタス修道女会)
http://www.m-caritas.jp/reading.html

◆携帯で読む聖書(口語訳)
http://www.keitaibible.net/m2/index.html

◆口語訳聖書(PDF版)
http://bible.salterrae.net/kougo/pdf/

◆カトリック千葉寺教会
http://www.chiba-net.or.jp/~sscchiba/

◆CNA今日の聖書朗読(英語)
http://www.catholicnewsagency.com/calendarday.php?date=2011-4-4

◆Douay-Rheims Bible
http://www.drbo.org/

◆The World English Bible
http://ebible.org/web/