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※東京電力
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※計画停電情報
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(聖ヨハネ・バプティスタ(ラ・サール)司祭)
◆今日の聖書物語
ヨハネによる福音
(5:31-47)
5:31
もし、わたしが自分自身についてあかしをするならば、わたしのあかしはほんとうではない。
5:32
わたしについてあかしをするかたはほかにあり、そして、その人がするあかしがほんとうであることを、わたしは知っている。
5:33
あなたがたはヨハネのもとへ人をつかわしたが、そのとき彼は真理についてあかしをした。
5:34
わたしは人からあかしを受けないが、このことを言うのは、あなたがたが救われるためである。
5:35
ヨハネは燃えて輝くあかりであった。あなたがたは、しばらくの間その光を喜び楽しもうとした。
5:36
しかし、わたしには、ヨハネのあかしよりも、もっと力あるあかしがある。父がわたしに成就させようとしてお与えになったわざ、すなわち、今わたしがしているこのわざが、父のわたしをつかわされたことをあかししている。
5:37
また、わたしをつかわされた父も、ご自分でわたしについてあかしをされた。あなたがたは、まだそのみ声を聞いたこともなく、そのみ姿を見たこともない。
5:38
また、神がつかわされた者を信じないから、神の御言はあなたがたのうちにとどまっていない。
5:39
あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると思って調べているが、この聖書は、わたしについてあかしをするものである。
5:40
しかも、あなたがたは、命を得るためにわたしのもとにこようともしない。
5:41
わたしは人からの誉を受けることはしない。
5:42
しかし、あなたがたのうちには神を愛する愛がないことを知っている。
5:43
わたしは父の名によってきたのに、あなたがたはわたしを受けいれない。もし、ほかの人が彼自身の名によって来るならば、その人を受けいれるのであろう。
5:44
互に誉を受けながら、ただひとりの神からの誉を求めようとしないあなたがたは、どうして信じることができようか。
5:45
わたしがあなたがたのことを父に訴えると、考えてはいけない。あなたがたを訴える者は、あなたがたが頼みとしているモーセその人である。
5:46
もし、あなたがたがモーセを信じたならば、わたしをも信じたであろう。モーセは、わたしについて書いたのである。
5:47
しかし、モーセの書いたものを信じないならば、どうしてわたしの言葉を信じるだろうか」。
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今日の『み言葉』について
http://www.donboscojp.org/sdblogos/
http://www.donboscojp.org/sdblogos/D8_112.htm
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出エジプト記
(32:7-14)
32:7
主はモーセに言われた、「急いで下りなさい。あなたがエジプトの国から導きのぼったあなたの民は悪いことをした。
32:8
彼らは早くもわたしが命じた道を離れ、自分のために鋳物の子牛を造り、これを拝み、これに犠牲をささげて、『イスラエルよ、これはあなたをエジプトの国から導きのぼったあなたの神である』と言っている」。
32:9
主はまたモーセに言われた、「わたしはこの民を見た。これはかたくなな民である。
32:10
それで、わたしをとめるな。わたしの怒りは彼らにむかって燃え、彼らを滅ぼしつくすであろう。しかし、わたしはあなたを大いなる国民とするであろう」。
32:11
モーセはその神、主をなだめて言った、「主よ、大いなる力と強き手をもって、エジプトの国から導き出されたあなたの民にむかって、なぜあなたの怒りが燃えるのでしょうか。
32:12
どうしてエジプトびとに『彼は悪意をもって彼らを導き出し、彼らを山地で殺し、地の面から断ち滅ぼすのだ』と言わせてよいでしょうか。どうかあなたの激しい怒りをやめ、あなたの民に下そうとされるこの災を思い直し、
32:13
あなたのしもべアブラハム、イサク、イスラエルに、あなたが御自身をさして誓い、『わたしは天の星のように、あなたがたの子孫を増し、わたしが約束したこの地を皆あなたがたの子孫に与えて、長くこれを所有させるであろう』と彼らに仰せられたことを覚えてください」。
32:14
それで、主はその民に下すと言われた災について思い直された。
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詩篇
(106:19-23)
106:19
彼らはホレブで子牛を造り、鋳物の像を拝んだ。
106:20
彼らは神の栄光を草を食う牛の像と取り替えた。
106:21 106:22
彼らは、エジプトで大いなる事をなし、ハムの地でくすしきみわざをなし、紅海のほとりで恐るべき事をなされた救主なる神を忘れた。
106:23
それゆえ、主は彼らを滅ぼそうと言われた。しかし主のお選びになったモーセは破れ口で主のみ前に立ち、み怒りを引きかえして、滅びを免れさせた。
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◆今日の読書
ヘブル人への手紙
(9:11-28)
9:11
しかしキリストがすでに現れた祝福の大祭司としてこられたとき、手で造られず、この世界に属さない、さらに大きく、完全な幕屋をとおり、
9:12
かつ、やぎと子牛との血によらず、ご自身の血によって、一度だけ聖所にはいられ、それによって永遠のあがないを全うされたのである。
9:13
もし、やぎや雄牛の血や雌牛の灰が、汚れた人たちの上にまきかけられて、肉体をきよめ聖別するとすれば、
9:14
永遠の聖霊によって、ご自身を傷なき者として神にささげられたキリストの血は、なおさら、わたしたちの良心をきよめて死んだわざを取り除き、生ける神に仕える者としないであろうか。
9:15
それだから、キリストは新しい契約の仲保者なのである。それは、彼が初めの契約のもとで犯した罪過をあがなうために死なれた結果、召された者たちが、約束された永遠の国を受け継ぐためにほかならない。
9:16
いったい、遺言には、遺言者の死の証明が必要である。
9:17
遺言は死によってのみその効力を生じ、遺言者が生きている間は、効力がない。
9:18
だから、初めの契約も、血を流すことなしに成立したのではない。
9:19
すなわち、モーセが、律法に従ってすべての戒めを民全体に宣言したとき、水と赤色の羊毛とヒソプとの外に、子牛とやぎとの血を取って、契約書と民全体とにふりかけ、
9:20
そして、「これは、神があなたがたに対して立てられた契約の血である」と言った。
9:21
彼はまた、幕屋と儀式用の器具いっさいにも、同様に血をふりかけた。
9:22
こうして、ほとんどすべての物が、律法に従い、血によってきよめられたのである。血を流すことなしには、罪のゆるしはあり得ない。
9:23
このように、天にあるもののひな型は、これらのものできよめられる必要があるが、天にあるものは、これらより更にすぐれたいけにえで、きよめられねばならない。
9:24
ところが、キリストは、ほんとうのものの模型にすぎない、手で造った聖所にはいらないで、上なる天にはいり、今やわたしたちのために神のみまえに出て下さったのである。
9:25
大祭司は、年ごとに、自分以外のものの血をたずさえて聖所にはいるが、キリストは、そのように、たびたびご自身をささげられるのではなかった。
9:26
もしそうだとすれば、世の初めから、たびたび苦難を受けねばならなかったであろう。しかし事実、ご自身をいけにえとしてささげて罪を取り除くために、世の終りに、一度だけ現れたのである。
9:27
そして、一度だけ死ぬことと、死んだ後さばきを受けることとが、人間に定まっているように、
9:28
キリストもまた、多くの人の罪を負うために、一度だけご自身をささげられた後、彼を待ち望んでいる人々に、罪を負うためではなしに二度目に現れて、救を与えられるのである。
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◆教会カレンダー
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◆今週の聖書朗読 (新共同訳)(イエスのカリタス修道女会)
http://www.m-caritas.jp/reading.html
◆携帯で読む聖書(口語訳)
http://www.keitaibible.net/m2/index.html
◆口語訳聖書(PDF版)
http://bible.salterrae.net/kougo/pdf/
◆カトリック千葉寺教会
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◆CNA今日の聖書朗読(英語)
http://www.catholicnewsagency.com/calendarday.php?date=2011-4-7
◆Douay-Rheims Bible
http://www.drbo.org/
◆The World English Bible
http://ebible.org/web/